TALK No.03
石澤 潤

レースが織りなす人の縁、瀬口美香の美を求めて



  • 瀬口:本日は「河口湖音楽と森の美術館」の石澤 潤さんに色々とお話しをうかがっていきます。
    石澤さんは自動バイオリンの演奏に感動して、河口湖の美術館でお仕事されるようになったそうですが、元々機械いじりとかがお好きだったのでしょうか?



    石澤 潤氏(美術館での愛称はピエール石澤)
    「河口湖音楽と森の美術館」所蔵のヴァイオリン自動演奏楽器の前で


    石澤:そうですね。一番のきっかけは、3歳の時からバイオリンを習っていたということですかね。その後、機械いじりに興味を持ってラジカセを分解したりするようになって。その音楽と機械のまさに融合体が自動演奏楽器じゃないですか。だから男のロマンを感じたというか(笑)。


    瀬口:あれだけの自動演奏楽器となると、いろいろと気遣うことが多いと思うのですが、メンテナンスはどのようにされているのか教えていただけますか?


    石澤:日本は結構、環境的に過酷なのですね。季節による温度、湿度の差が激しくて。河口湖は、冬は-10℃ぐらいから夏は高いときは30℃以上になりますから、温度差が年間で40℃ぐらいあるわけです。幸いなことに美術館の建物は分厚いコンクリート等でできているので、温度は比較的コントロールできるのですけれど、湿度はどうしても外部の環境に影響を受けてしまうのでコントロールが難しいのですね。そのためその日の天候を非常に気にしています。例えばバイオリンの弦、今、河口湖で使っている自動バリオリンの弦はナイロンに金属線が巻かれたものですけれど、温湿度の関係で音程が変わっちゃうんですよ。なので温湿度をまず確認して、チューニングしたときからどれぐらいの差があるか、と常に気にしています。


    瀬口:修理の手前でチューニングをされているのですね。


    石澤:はい、やっぱり調律が狂っていると不快じゃないですか。いい演奏をお客さまに提供するために、特にバイオリンのチューニングには気をつけています。ただ他のパイプ系の楽器は頻繁にチューニングできないので、たまにお客さまから音程が悪いというご意見をいただくこともあるのですけれど、パイプ系の楽器に関しては、残念ながら温湿度で音程が変わっちゃうのは致し方ないところがあるのです。


    瀬口:どのくらいの頻度でメンテナンスされるのですか?


    石澤:実は定期的なメンテナンスはしないようにしていて。日頃の演奏に気をつけていれば、日によって様子が違うことが分かるようになってくるんですよ。例えばモーターの音とか、ふいごが動く音とか、ちょっといつもと違うぞって。そこで楽器の中を点検すると、ベルトが切れそうだとか、ネジが緩んでいるとか、油が切れかかっているとか、気がつくのですよね。そうなる前にメンテナンスしろって言われるかもしれないけれど(笑)。でも僕はむやみに定期的に点検しなくても、自然の変化に合わせて対応していけばいいのかなと思っています。


    瀬口:全部かなり歴史的なものですから緊張しますよね。
    ところでオルゴールは王侯貴族が自宅で音楽を楽しむために開発されたものですよね。世界で一番古いオルゴールについて教えていただけますか?


    石澤:懐中時計の中に組み込まれたものですね、おそらく1750年代じゃないかなと思います。スイスでは1796年に時計職人のアントワーヌ・ファーブルがオルゴールを発明したという記録が残っているのですが、それより以前に既に懐中時計の中に組み込まれていたことが分かっているので。
    オルゴールの起源は教会の大きな鐘なのです。そうすると、時報の鐘を機械式時計のメカニズムで鳴らした14世紀の「カリオン」が一番古いオルゴールなのかなってなりますけれどね、起源としては。そこから小型化されていき、鐘が次はベルになり、ベルが次は板になったのです。そういうふうに変化してきたのですね。時計塔から始まって、大きいものからどんどん小さくなっていった。
    大きいものから小型化していくという点は機械産業全体に共通することだと思っています。要は、持ち歩きたいわけですよね。どこでも時を確認したいとか、どこでも音楽を聞きたいとか。現代の携帯電話も同じことだと思います。


    瀬口:なるほど!
    オルゴールができるまでは貴族は演奏家を家に招いて、生音で聞いていましたよね。


    石澤:そうです、そうです!
    実は医学が発達する前、音楽は医療としても使われていました。病気になる一番の原因はやっぱりストレスだと考えられていて、美しい音楽を聞くことでストレスから解放されて病が治ると思われていたのですね。だから王様や貴族たちは体調が悪くなると音楽家を招いて演奏してもらった。でもそれだといつでも自由に聞けないから、自動演奏楽器が誕生したのだと言われています。素晴らしい音楽を聞きたいときにいつでも聞けるもの、それが自動演奏楽器。


    瀬口:面白いですね!


    石澤:面白いでしょう。音楽って非常に重要なのですよね。
    僕がいつも疑問に思っているのは、人間はなぜ音楽を聞きたくなるのだろう、音楽って一体何なのだろうってことです。今は、スマートフォンでもパソコンでも音楽が聞けるようになっていますけれど、昔はそんな技術がないから物理的に何かを動かして、素晴らしい音楽を演奏させようとした。そういう発想が生まれたところがすごいですよね。
    例えばこれ、リュージュのシンギングバード。今、新品で買ったら100~120万円くらいしますけれど、シンギングバードは鳥の美しい鳴き声が聞きたいという要望があったから、時計職人が考え出したわけですよね。




    リュージュ社 シンギングバード


    瀬口:レースも同じです!王侯貴族が着飾るために発達した。それに対して職人さんたちが、試行錯誤して手わざの極みであそこまでいった。


    石澤:そうそう、まず要望があったわけですよね。そうして元々は王侯貴族たちが楽しんでいた音楽が、徐々に民衆が楽しむようになって、大衆化していくわけです。貴族社会は、1900年代に入って衰退してしまいましたしね。


    瀬口:レースと全く同じですね。昔のレースは芸術品で高嶺の花で、普通の人が身につけられるものではなかったのが、どんどん大衆化していった。


    石澤:そうですね、レースも元々は手編みでしたよね。それが機械化されたことで細かいところが再現できなくなってしまったわけですけれど、オルゴールも実は同じで、手仕事だからこそ、細かい表現ができたのですね。でもそういう手わざの要素を排除しないと量産体制には入れないわけですよ。色々な産業で同じことがいえると思うのですけれど、それも仕方ないですよね。
    素材についても同じで、スイスも結構法律が頻繁に変わるのか、その時代にしか使えない材料があるみたいで、今まではその材料を使っていたのだけれど法律が変わって使えなくなったから別の材料を使って製造しなければいけない、ということがあるわけですよ。


    瀬口:音も変わってきますよね。


    石澤:はい、変わるわけです。その音色に関してですが、オルゴールの金属の刃があるじゃないですか。この櫛刃の材質がどんどん変わってきている。30年くらい前のものはものすごくいいんですよ、繊細な音がするのです。柔らかくて繊細な音がする。でも最近のオルゴールはちょっとね、音が硬めになっているんですよね。






    瀬口:それは材質の違いですか?


    石澤:そう、材質が変わっているのでしょうね。やはりコストカットで製造方法がいろいろ見直されていくと音にも影響が出ちゃう。


    瀬口:やはり昔は職人さんの層も厚かったのでしょうね。優秀な職人さんがいた。


    石澤:この前、長野県にお住まいのお客さまが、昔、家でオルゴールの内職やっていたっておっしゃったのです。つまり昔は分業として、部品をつくってもらっていた時期があったということですよ。そのぐらい生産が間に合ってなかったのでしょうね。
    今は、高級品はまだ日本でつくっていますけれど、小さいものに関してはほとんど日本でつくってないのです、中国とかでつくっているのですね。
    やはり問題は高齢化です。高齢化で職人さんの跡継ぎがいないと、技術がそこで終わってしまうので、必ず誰かが継承しなければいけない。今、僕みたいにオルゴールに興味があって、メンテナンスをしたいなんて方もなかなかいないんですよ。だから困っています。
    日本では今、オルゴール館も少なくなってきていて、九州には一館もなくなっちゃったんですよ。長崎のハウステンボスに昔あったのですが、今は公開されていないのですね。やっぱり業界全体が残っていかなければ、オルゴールが衰退しちゃいますからね。
    でも、日本は世界で一番オルゴールが好きな国なんですって。


    瀬口:え、日本が、ですか?


    石澤:はい。世界中でオルゴールを所有している人口比率は日本が一番高いのです。
    スイスのリュージュも1年に何回か、100台限定とかの限定品を出すのですが、7~8割が日本向けなんですって。それぐらい日本人はオルゴール好きなんですよ。
    だから何かきっかけがあれば、皆さんまた美術館にも来てくれると思っています。
    幸いにも「河口湖音楽と森の美術館」は恵まれていて、富士山があるじゃないですか。サルバドールダリや新しいアーティストの作品も飾ってあって、自然も楽しめるし文化的なものも楽しめるという、非常に恵まれた環境だと思っているのです。


    瀬口:そうですよね。感性を刺激してくれるものがいろいろ揃っていますよねー。
    それから「河口湖音楽と森の美術館」は建物もいいですね。


    石澤:はい。昔の王侯貴族たちが音楽を楽しんでいたような優雅な空間で、オルゴールを聞いていただきたいというコンセプトで造られているのですね。


    瀬口:元々のオルゴールが生まれたその時代の背景、その楽しみ方まで再現し、そこに新しい空気を取り入れる。素敵なチャレンジですね。


    石澤:ありがとうございます。ところで話は変わりますけれど、今話題のChatGPT、人間の仕事の何割かは人工知能がやってくれる時代が来ると言われているじゃないですか。仕事が奪われちゃって大変だと言う人もいるけれど、やっぱり手仕事というのは非常に繊細で、ロボットではできない部分が沢山あると思うのですね。例えば修理に関しても、ここはこうだなって状況を判断してその部品を交換するとか、おそらくロボットにはできないと思うのですよ。


    瀬口:おっしゃる通りですね、そういえばスイスのオルゴール職人さんは手先が器用だから、レースづくりもされていたという話をこの間お聞きして、やはり繊細な手仕事って共通なんだなと思いました。ロボットにはできないですよね。
    ところでオルゴールとレースでもっと何かコラボできたらいいなと思っていて、何かアイディアはありませんか?


    石澤:今のお話の中で一つ思い浮かんだのは、手仕事のオルゴールと機械生産のオルゴール、手仕事のレースと機械編みのレース。それを比較して見せるのはできるんじゃないかなって思いました。昔のオルゴール職人さんがつくったレースが見つかったら、展示するのもいいですね。


    瀬口:繊細な手仕事どうし、共通しているところが多いですからね。面白いですね。


    石澤:ところでオルゴールって実は日本語だってご存じでした?


    瀬口:はい! でもこの美術館に伺うようになってはじめて知りました(笑)。


    石澤:そうなんです。あまり知られていないのですが、英語ではミュージックボックスと言います。日本では自動的に演奏するものは何でもオルゴールだと認識されちゃっている場合が多いのですが、本来は金属の板を弾くものがオルゴールなのです。オルゴールの語源というのはオルガンなんですよ。江戸時代の終わり頃に長崎の出島に徳川家の献上品として手回しオルガンが入ってきて、オランダ人がオルゲルって呼んだのですね。要はオランダ語でオルガンのことなんですけれど、それが変化してオルゴールという造語になったのですね。だからオルゴールって、日本でしか通用しないんですよ。韓国でも通用しますが韓国の場合は日本から入ったのではないかなと思っています。


    瀬口:いやー、石澤さんのお話しは尽きませんね・・・(笑)
    もっと色々お話ししたいですけれど、今日はこのくらいでやめておきます。
    ありがとうございました!


    (2023年8月 オンラインにて)



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